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no.243

脈絡のない言葉をつらつら書く。

節電や原発を反対するってことは、
電気代が値上がるってことなんじゃないかと思うし、
それは震災直後から覚悟していた。

意識したことはないけど、
たぶんぼくは原発というやつをすごく利用していて、
たぶん色んな楽を手にしてきたと思う。

それは現時点も変わらない。

「原発は反対します。
値上げを受け入れません。」
なんてことのほうが、
よっぽど都合良く、無責任に見える。

原発を反対したり、少しでも電気に頼らない生活を望むなら、
電気代を値上げればいい。
もっともっと値上げればいいんじゃないかと思う。

そしたら、
ぼくらは今よりもっと電気を使わない生活になるだろうし、
そうせざる得なくなる。

それで本来の目的を達成できるなら、バンザイじゃないか。


少なくとも震災直後より今の方が節電に対する意識は少ないと思う。

継続的な出費が増えるなら、
意識も継続する。

値上げに対する批判を目にすると、
結局のところ、
自分の生活は変えずに、
原発を反対しているという都合良いものを望んでいるように見えてしまう。

誰かが甘い蜜を吸おうが、吸うまいが、
そんなことはどうでもいい。

そんなのは、
「あの人ズルい」という話しと似ている。

ズルいとかズルくないとか、
どうでもいい。
何が解決するんだろうか?


未曾有ってどういうことなんだろ?
未曾有の事態に対応できる会社があったら知りたい。

ぼくは思う。
仮に震災がなくて、
ある日突然、手品のように原発がこの世から無くなってしまうようなことがあったら、
世の中では「原発を早く作れー」って声が多いんじゃないかってことを。


「原発反対」は好きじゃない。
「他のエネルギーを使っていこう」であって欲しい。
二つとも着地点は同じなのかもしれないけど、
言葉の持つ意味は大きく違う。

批判や否定ではなく、
良いものをすすめて行けば良いなと思う。


東電を批判する言葉を目にするたびに、
東電で働く親の子どもたちがイジメにあってないか心配になる。
誇りに思っていたお父さんの会社が批判を受ける子どもの気持ちを考えると胸が痛む。


未来を考えることは大切だ。
でも、
今起きていることに目をむけないと。

ぼくは漠然としか未来を考えられないし、
リアルに感じることが出来る未来は、せいぜい80年程度だ。
ハルとメイが生きてる間のこと。


ぼくは、
地球のことや電気のことよりも家族や生活が大切だ。
そして、お金も大事だ。

まだまだ原発に頼って生きていく。

「原発を利用 電気代は今と同じ」
と、
「原発以外のエネルギーを利用 電気代は今の10倍」
だとしたら、ぼくはきっと原発を選んでしまうんだろう。

もちろん、
ぼくが望んでいるのは、リスクの少ないエネルギーへのシフトではある。


ぼくは、
本当の意味で被災者ではない

原発から離れたこの地で、
放射能に過敏になる人がいる。

もちろん、ぼくだって子どもがいるから心配だ。

でも、それは心の中にとどめておくことだと思うし、
例えどんな場面においても、
離れた地にいるぼくは発言すべきではないと思う。

だって、
離れた地にいるぼくが過敏になるってことは、
原発の近くにいる人たちの不安を一層仰ぐだけだから。

何倍もの放射能の近くにいる人たちが、離れた地のぼくらの発言を見て、どう思うんだろか?

どんなに寄付しようとも、
不安を煽った発言を見ると、
なんだかな。と思ってしまう。

原発はすぐには解決しないこと。
それよりも、
生活が全く変わってしまった人たちがどんな気持ちでいるかを想像し、
配慮することのほうが優先順位は高いと思う。

あれから半年。
未だに何をすべきか。
どうあるべきか。
迷っているぼくがいる。
2011-09-16 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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